<< 真田幸村の旅 九度山〜茶臼山 | Main | おだやかな日々 >>

陰極まりて陽を生ず

 



社長のわがままメニュウ
玄米麺のスープに麺ではなく玄米ご飯をいれたもの。
これがウマイ!お腹に余裕があるときは普通に麺で食べて
替え玉の変わりに玄米ご飯をどうぞ(笑

この一週間、2食は黄金ドリンク、一食はこんな食事をとる
カスタム断食をしていました。
3/21はお彼岸ですから天のエネルギーが変わる時期
身体もできるだけクリアにしとこうと。

時を同じくして母親の体調がどんどん悪化していき
無意識に願かけをしていたのかもしれません。

どんな時でもじっとしていない母
いつもの奇行がまったくできないほど
体力がなくなって
飲まず食わずで寝てばかり
言語も不明瞭になってしまいました。

「お母さんはもう逝きたがってる」
盛岡から帰宅する車中でパカチョがきた私。
家に着くまでにもしかしたら死んでいるかもしれない
怒涛のように涙があふれてきます。

その時でした。
母に対する慈愛の念が身から湧き出してきます。
残りの人生を誠心誠意母のお世話をしていこう
心からそう思えたのでした。

そんなこと娘だったら当たり前じゃないか
わざわざ言うまでもないだろう。
はい、そのとおり正論です。
その正論に、実は3年間ずっと苦しんでおりました。

どうして私は母親を愛せないんだろう。
今日こそは今日こそはと思ってもできません。

母の頭が正常なときだったら
持ちつ持たれつよい関係を築くことができました。
コミュニケーションが成り立つからです。

母が認知症を発症した途端
人間関係の大前提が根本からくつがえされました。

私達の悩み、ストレスのほぼ9割は人間関係だと思います。
その原因はコミュニケーションがなりたたないこと。
「どうしてあんなこと言う(する)んだろう」
自分の物差で測れない相手の言動がストレスの原因になります。
ままならない相手とどうむきあうか
どうやって自分の心の姿勢を立て直すか
昔からさまざまは宗教がノウハウを開示してくれていますが
私達の心の悩みはつきることがありません。

それでも他人なら究極絶縁することが可能です。
離婚、退社、馘首、絶縁 などなど。

しかし、親はまた別物で。
得に娘にとっての実母はいろんな意味で重たくて。
思うに母親は娘の魂の最強の「砥石」ではないか。
ひとはままらならいことでしか
魂を磨くことはできない。
ならば母親とどう対峙し
自分の砥石に昇華させたらいいか
娘にとっては母親との関係性が
人間関係の「ひな型」なんではなかろうか。

ここをクリアすることで
ものすごいブレイクスルーをするだろう
頭では順分理解しています。
でも生理的=本能ですから
身体がどうしてもいうことを聞きません。
ままならぬにもほどがある
本能の前にして、わたしは全く無力の存在でした。

実は
母が認知症になる直前
私は勘違いしていたんです。
婚家の倒産による借金返済、起業、経営を通じ
いろんな苦難で自分が磨かれ
ブレイクスルーを何度も体験し
対人関係のコツも掴んだような気になっておりました。

母が認知症になってわかったこと。
それらはみな幻でした。

「他人」に対してはそこそこできたとしても
身内は全く別物です。
しかも母
コミュニケーションがなりたたない
むしろ毎日嫌がらせをする
そんな役割で
わたしの前にたちはだかってきたのです。


自分の今までの達成感は
全くの「思い上がり」で「慢心」にすぎない。
天に喝をいれられたわたしは愕然とし
そして打ちのめされました。


地域のリーダーであり、家庭のリーダーであった母が
どんどん壊れていく。
それだけでも受け入れがたいのに
仕事を終えて疲れてかえってくると
悲惨な光景が待っています。
オットと交代で何度も家事をやりなおす日々。
安らぐはずの家庭が修羅場になっていきました。

生理的に嫌なことを何故か優先して実行する母。
生理的嫌悪はもう、理屈じゃない。
気持ち悪いし、憎しみも湧きます。
でも、当の本人はよかれと思ってやっているわけで
怒りの向き先がどこにもない。

向かった先はわたしの身体
何度も胃潰瘍、腎臓結石になりました。
普段から食事に気をつけたり、運動したり、汗をかくことで
出せる身体を心がけていなければ
間違いなく精神を病んで会社も傾いていたことでしょう。

優しい言葉をかけなさい
親孝行しなさい
自分の母親を大切にしなさい
小さい子供だと思って接すればいいじゃないですか

他人のアドバイスもわたしを苦しめます。
言われる本人が一番努力しているんです。
でもできないんです。
だからつらいんです。

母親を愛せないわたしは人間失格だ
(まさに太宰モード)
いろんな奇行の後始末をしながら
真剣に悩みました。

救いは自分の会社があったこと。
毎日最低の精神状態で出社するわけですが
みんなの顔をみると気持ちが落ち着き
家での出来ごとを話しているうちにネタなり
笑っているうちに救われていきます。

自分が複数のカテゴリに所属しておくこと
ひとつで煮詰まったら別のカテゴリに移動すること
これは普段の人間関係でもとても大事だと痛感します。

あとは身体に頼るだけ。
食べる出すときどき断食で体をリセットするしかない。
人によってはヨガや瞑想もいいんでしょうが
わたしには断食が一番しっくりくるはんで。
わたしのライフスタイルは美容目的ではありません。
頭がおかしくならないための自衛策だったんです。

そしてとうとうその時がきました。
母がもう逝ってしまう
はっきり体感できたとき
わたしの体内スイッチがパチンと切り替わったのです。

「陰極まれば陽を生ず」とはまさにコレ!
わたしたちの世界は陰陽どちらかが100%支配することはない
限りなくどちらかに近づいたらくるっと反転して均衡を保つという、
まさにホメオスタシスの働きか。

中途半端な状態で母親を愛そうなんてわたしには無理でした。
極限まで苦しみ抜けば、眠っていた回路のスイッチがONになる
ブレイクスルーが必ずきます。
さゆり本でいうところの「変身」
これは思考でなんとかしようとしてもむり
母は逝く姿を通して私に変身のチャンスをくれました。
そして断食がそのサポートをしてくれたんです。

そこで発想も変えることにしました。
自分の母親だと思うから苦しい。
この人はオランウータン星からきた「オラン歌子」さん
ご縁があって我が家にホームステイしているのだ。
この歌子さんを
誠心誠意お世話していこう
わたしは腹をくくりました。
そこには1ミリの無理もありません。

あんなに思考で努力しても無理だったのに。
やっぱり断食、ハンパない。
3年かかったけど
真の意味での「変身」のためには
3年の苦悩の日々は必要不可欠だったのだと
ようやく理解することができました。

「食べる・出す・ときどき断食」
さゆりの著作がこれで
本当の完結をみた気がします。

そして母ですが
病院の点滴を経て
奇跡的にもちなおし
家でなんとか暮らしています。

一緒にお風呂にはいり
漢字の練習をしたり
朗読をしたり
マッサージをしたり







みんなと違う物差で生きている歌子さん
どんな姿をさらけだしても
わたしはそれを受け入れていけるのか
歌子さんと私の第二の人生が今はじまりました。

自分の老いさらばえた姿を通し
どんな姿でも受け入れる
ワンネスの意識を持てるのか
究極を愛を問うてくる実母、眞。

全くあなたには永遠にかないませんよ。
トホホのホ、だ。

まんずぼちぼちと
人生を車窓を
一緒に眺めてまいりましょう。

無理せず、あせらず、やんべにね。

それでも人生は美しい
LOVE

| 親の介護 | 08:33 | comments(1) | trackbacks(0) |
COMMENT
さゆちゃん
こんにちは。私も親には永遠にかなわないよ。
私は修行が足りんので、親を自分を磨く「砥石」とも思えず。(^_^;)
いまだに、母は重〜い「漬物石」なの。(笑)
ブログのUp楽しみにしてます。


| タマイコ | 2014/03/23 7:56 PM |
ADD YOUR COMMENT









TRACKBACK URL
http://bizun.sobe.jp/trackback/516
TRACKBACK