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恋も仕事も怖れを手放せ♪

2/25(土)はライフワークのひとつであるAHの「罪悪感WS」に出席してきますた。
前回の「べき思考」に負けず劣らず本当に楽しかったです♪

水島さんの小股の切れ上がった「キレキレトーク(C)おがっちさん」は今日も健在。
どうやったらあんなふうに理路整然としかも感じよくお話しできるのだろうか、毎回感動です。

わだすには現在のところ「罪悪感」はあまりありませんでした。
水島さんも罪悪感はまるでないそうで、罪悪感で発電でもできるならともかく全く役にたたない代物た、とバッサリ(笑) たしかに。

わだすの場合は最大の罪悪感を約15年ほどかかってようやく手放せたからなんだろうな、と思う、ます。このブログを読んだり、わだすの講演「さゆりの人生3部作」を聴いたことがあるかたは、オットの実家の倒産でお父さんが貸したお金が戻らないまま急病で他界、、、というエピソードはなんとなく知っていますよね。

そこからわたしはどっぷり罪悪感にひたって過ごしました。まるでアル中患者のように。
わたしのせいで、お父さんのお金がなくなった、わたしのせいでお父さんが死んだ。治療を要するほどの疾患に至らなったのは目の前に世話すべき息子達がおかげだと思います。

のちに岩手に戻り起業した私はわき目もふらずに仕事に邁進していきます。お父さんの名前をつけたオリジナル米の販売、お父さん(先祖代々長男が襲名した名前)の名前をつけた会社、お父さんの名前を横文字にしたカフェ、、、。
ある時ふっと、お父さんがそばにきて「もういい。さゆりの気持ちは十分伝わってらじゃ。」と許してもらえた気がしたんです。

そして、、、わたしにはもうひとつ罪悪感がありました。
それは「農家を継いでいない」というものです。これは物心ついたときからずっと抱えてきました。本当に本当に十字架のように重たかった、、、。その時こちらもふっきれたんですね。

「耕す」だけが農業じゃない。

これからの農業は「ただ作っておしまい。後は国が面倒みてほしい。」というスタイルでは頭打ちになるだろう。
付加価値をつける、それを情報発信する、価値がわかってくれるファンを増やす、つまりブランド化する手法を打ち出していく、この役割を担うことも立派な「農業継承」ではないか。しかもおされな横文字名のカフェもあるんだよ。カフェは文化の発祥地!
販売するだけじゃない、食文化を伝え、意味を継承、拡大していくものだすがな。
これこを大いなる豊かさの循環をうみだすビジネスモデルであり、そのライフスタイルは他の追随を許さないさゆりオリジナル・・・

立派な事業継承じゃないですか!

そんな概念がかたまりとなっておしよせ(パカチョ)ようやく積年の「罪悪感」を手放せたのですた。

過去は変えられない。その時の行動は今の自分から判断したら不適切なのかもしれないが、当時の自分はそれが最適を思ったのだ、そこを認め受けとめること。
そして自分を許し手放すこと。

父への罪悪感は15年、農業継承に関しては30年かかりましたが、、、(笑)
当時はAHを知らなかったので自力で到達したのですた。

わだすのパカチョの過程に共通するのは「目の前のタスクを馬鹿になってやってみる」ということかな。「今を一生懸命生きる」と言い換えてもヨシ。そこにしか答えはない、と思ってるのだす。

それを邁進してると周りの人に理解されないということが毎回おきます。未経験でIT起業、無農薬米、カフェ経営をはじめてとする新規事業。わたしのなかにはくっきりとブループリントがみえるのですが他のひとには全くわけわかめ。「ひとつに絞りなさい」とか「いろいろ広げて何やってるひとなのかわからない」とかいわれますなー。これ、ぜ〜んぶつながるんですよ。なので、ほかの人がわかる形にするまで、がむしゃらにやるのですな。もうすこしで全容が理解できると思うはんで、まんず見ててくだっしゃい。

そんなわだすも起業して12年。干支が一回り回ったわけで。わだすにとって起業とは自分を表現する最適な芸術であり、これとない魂磨きの道場でありますた。たくさんの反対、誤解、批判もうけてきましたが、逃げたりせずに自分の道を邁進してきますた。途中でAHと出会い、怖れを手放す速度に拍車がかかっております。

べき思考も 罪悪感も 批判も 攻撃もすべて「怖れ」の感情だす。

最近 手放せた怖れは「接触したすべての人から好感触を得たい」というもの。
客商売ということもあり、悪口いわれたらイヤ、という「怖れ」から、言動にものすごく気を使っておりますた。が!その割には、ありゃりゃそうくる?と むくわれないことも多々。(笑)

結局こちらがどう最善を尽くしても、相手がどうとるかまではコントロール不能なんだす。

「得たい」という時点で受け取るモード(怖れ)だすから、これを与えるモード(愛)に変換すればいいだけ なんだす。

相手がどのような行動をとろうと「自分は常に最善を尽くし誠意ある対応をする」と決めればコワイことはありません。

腹をくくった時点で怖れを手放すことができるのだす。

せっかくAHをやっているのだもの、どんなことがあってもわだすは現象や相手の闇でなく光に目を向ける、と決めますた。これはもう自分で決める、しか方法はないと思う、ます。

決めたら本当に楽になりますた。
外がどんなに嵐でも、自分の心が平和かどうかはいつでも自分で選択できる、ますね。


というわけで今日の本の紹介です。

ラブリー水島広子さんの「愛する人と幸せになる」55のルール。
愛には「怖れの恋愛」と「愛の恋愛」があるよ、って書いた珠玉の本だす。

これは 恋愛関係のみならず、友人関係、親子関係、すべてに参考になる、ますね。

水島さん「畠山さん!恋ってプラスの衝撃 なんですよ!」くりくりしたお目目が忘れられません。
な、な、なるほどー。恋は衝撃への反応にすぎない!か。おもしろい。

そすて、AHすべてにいえることですが、ネガティブな感情を否定するものではなく、人間に備わった「衝撃への反応」として「受け止めろ」といっています。
勝間和代さんは「脳の反射」と表現してますね。

怖れの代表格?である嫉妬の感情も「彼をとられるんじゃないか」という「衝撃への反応」であり生物に備わった防御反応のひとつである、と。
なるほど!あって当たり前の「反応」なんですな。その次どうするか、、、

このあたりのことが本ではいつもの水島節、キレキレトークで解明されていきますから、ぜひぜひご一読をおすすめする、ますよ〜〜〜


罪悪感、べき 怖れの感情を後生大事にもつことはやめて、肉襦袢のように脱ぎ捨てて軽やかに春をむかえましょうね!

今日も読んでくださりありがとうございました。

LOVE






| AH | 12:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
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